グレタニンプを読んだ次に選んだ本は塩田武士さんの踊りつかれて
第173回の直木賞候補になった本
週刊誌の罪とSNSの罰に挑んだ小説
宣戦布告から始まるこの本のその宣戦布告がもっと世の中に広まればいいのにと思わずにはいられなかった
芸人の天童ショージは自身の不倫をきっかけにSNSでの誹謗中傷によって自殺してしまう
歌手の奥田美月は暴言テープの流出で業界から姿を消してしまう
暴言も吐きたくなるほど執拗に追い詰めた週刊誌は暴言テープによりさらに過激な記事で彼女を追い詰めていった
売るためなら記事が真実かどうかなんて関係のなかった時代
心当たりありませんか?
見かけたことありませんか?
不倫した芸能人をめちゃくちゃ批判する人
熱愛記事でめちゃくちゃ批判する人
ネットに公開する奴がいる限り過去の過ちが鮮度を保ち続けてしまう
”芸能界に入ると、人の心が鉄でコーティングされるわけじゃねぇぞ。お前らと一緒で剥き出しだよ。”
その通りなんだよね
だから瀬尾政夫は特に誹謗中傷のひどかった83人の個人情報を晒したのである
動画配信者
歯科医師
大学の広報担当
出版社の記者
個人情報を晒された83人のうちの4名が加/被害者たちとして取り上げられているのだけど私は晒された彼らの話を読んでも同情はできないなっていうのが正直なところだ
晒されたことによって彼らの生活も変わる
暴行を受けたり行く当てがなくなってセクハラに耐えながら生活をしたり
それにも耐えられなくなってセクハラ被害を訴えるけど誰も信じてくれない
自分の番になってやっと事の重大さに気づく
でもこのままSNSを続けていったらいつか自分もこういう未来がやってくる可能性がゼロではない
いつどこで自分も彼らのようになってしまうかわからない
だからこの本を読んでよかったなと思った
”ただ感想なんて言葉でごまかすんじゃねぇ。陰湿な悪口だ”
”おまえらは被害者の気持ちを慮る善人なんかじゃない。わかりやすいほどシンプルに加害者だ。イジメっ子だ。”
なんでも言っていいけどどこでも言っていいわけではないそれはわかっていないといけない
この小説は83人の個人情報を晒した瀬尾が晒された一人であり天童ショージの同級生でもある藤島に名誉棄損で訴えられ
瀬尾の弁護士であり同じく天童ショージの同級生である久代が彼を弁護するためになぜこのような行動を起こしたのかを調べていくというのが前半の主なあらすじである
個人情報を晒された83人は行き過ぎた誹謗中傷をしており同情もできないがやはり個人情報を晒すというやり方は許されることではない
だが彼がどうしてこのような行動をとったのか
そして彼や天童ショージ、奥田美月のそばにいた人たちはどのような思いで過ごしていたのかそれが聞き込みによってわかってくる
自分がアイドルのファンをしているが故愚痴垢と称して誹謗中傷を繰り返している人たちを見ることが多々ある
彼らは自分がターゲットにしている人間には誰も味方がいないとでも思っているのだろうか?
瀬尾のような行動を起こす人間がいたら
周りにいた人間がなにも感じないとでも思ってる?
瀬尾は晒された人たちへ一切謝罪をしない
謝罪することは拒否し続けている
罪まで犯して自分を罰する人いないだろうって思ってる?でもいたら?
裁判になってでも謝罪だけはしたくない。それほど許されない行為をしているっていう自覚はある?
今なにも訴えられたりしてないから大丈夫だと思ってる?
瀬尾が行動を起こしたのは天童ショージが自殺して数年が経ってからだった
その数年間瀬尾は地道に情報を集めていた
SNSのアカウントを注意深く観察し法則を見つけ他のSNSから探し出し
またそれを注意深く観察しフォロワーのことも調べ
また時にはウイルスまで仕込んで個人情報を入手した
自分は安全だと思ってる間にそういうことが行われていたらどうする?
読みながらどんどん怖くなったししなくていいのに今誹謗中傷している人たちは大丈夫なんだろうか?と思ったりした
そして初公判の日を迎える
この中で裁判官がインターネットを介した情報被害について対策を講じるときどのような手段が理想的かと質問する場面がある
彼は”ブレーキが重要”だと答える
”私たちはニュースや投稿を目にすると、すぐに内容にのめり込んでしまいます。しかし、本来はここでブレーキを踏むべきなのです。『具体的な裏付けはあるか』『表現が過剰ではないか』『勝ち負けにこだわっていないか』『分かりやす過ぎる結論になっていないか』-これらを確認するだけでも全く違うはずです。あと、すでに炎上している事柄に便乗しそうになったときにも、ブレーキは必要です。『憂晴に人を利用していないか』『追い込まれる実在の人間を想像できているか』と自問してほしい”
その通りだなと思った
続けて彼は地道に声を上げ続けるしかないと言う
ハラスメントに対する感覚が変わっていったように声を上げることでちょっとずつ意識を変えていって数年後にあの時のネットの誹謗中傷はむちゃくちゃだったと話してるぐらいにといったことを続ける
これにもそうだよなと思った
ハラスメントに対する意識は本当に変わったそれがネットでの誹謗中傷へも同じように起こってほしい
そして最終弁論
これが本当に素晴らしかった
インターネットで何かを発信している人全員に読んでほしい
SNSの普及って「個人で発信できるようになった」それだけなんですよね
酷い言葉で誰かを追い詰めることも感情に任せて私刑を誘発することも嘘の情報をタレ流すことも正確さよりも面白さを優先することもいつ認められるようになったのか
認められていることは「個人で発信できるようになった」ということだけなんですよね
それ忘れてはいけないなと思う
この先はどうして彼がここまでして天童ショージと奥田美月に尽くすのかということが描かれておりとても苦しい話も出てくる
でも私が今回ブログに残しておきたいのはここまで
本当に今SNSで何かを発信している人みんなに読んでほしい小説だった
だけどこの小説が週刊文春で連載されていたにも関わらず週刊誌によるスキャンダルはなくなっていない
これから年月が経ち人々の意識がどう変わっていくのか再びこの小説を読み返したときに少しでも変わっているといいなと思う